「シティプレス」が月刊化されて10ヶ月。コンスタントに日本全国の風俗情報を網羅し、 ボリュームも写真の質も上々で、快調に風俗誌のトップを走り始めました。同じ女のコが間を空けずに掲載されないように、 取材データ入稿の時から、毎月、細かくチェックをして、記事を編集していました。すでに各風俗店の割引券もつき、 ソープランドファン、ホテトルファン問わず、風俗ファンのバイブル的存在となっていったのです。 逆に、風俗嬢側からは「シティプレス」に出たことがステイタスと感じるコも少なくありませんでした。
地方風俗情報が多く紹介されているのも特長のひとつ。 各地方の取材カメラマンが撮影してきたネタを惜しげもなく掲載していました。 現地の風俗ファンのみならず、出張で訪れたファンにも役に立ちました。 右上・下の女のコは岐阜・金津園のソープ嬢。地方条例で18歳から就業OKの金津園は若いコと遊べるのが人気です。 左上は雄琴のソープ嬢。地域によって、撮影時の肌の露出具合いが違っているのは、 女のコの事情のほか、それぞれの地方の特色でもありました。 左下は大阪のファッションマッサージの女のコ。当時の松田聖子ちゃん風のヘアスタイルが時代を感じさせます。
この頃、東京のファッションマッサージには、外国人ギャルが多く働いていました。 とくに外人専門店というわけではなく、日本の女のコに混じって在籍していました。 デートクラブにも外人パワーは進出、新宿・新大久保あたりでは、外人ギャルの呼び込みが立ち並び、 とても日本とは思えない光景がありました。しかし、のちに排除されていきました。 多くの女のコは、南米あたりから来日していました。
この頃でも、ホテトルは元気です。初期の頃の女のコとは若干の違いが出てきて、この仕事が初めてというコは減り、 キャリアのあるコが増加していきます。ソープ嬢からの転職組も混じり、お客さんにとっては、当たりハズレも出てきますが、 そういった中で、お気に入りのいいコを見つけられると、悦び感もありました。 上のふたりは、当時の渋谷のホテトル嬢。実際、取材撮影をしましたが、ボディもマスクも、性格もいいコで、 自分自身が遊びたいぐらいだったものです。
現在も営業中の老舗高級ソープランド、吉原「夕月」を紹介しています。 現在では、ソープの店内にまでカメラが入ることはほとんどなく、貴重な写真です。 当時の料金システムは当然、現在とは違いますが、それでもそれなりの金額でしたから、 たっぷりゆったり高級ソープを味わうのは、風俗ファンの夢でもありました。