隔月刊として発行されて約1年、やっと6号目を迎えたシティプレスですが、相変わらず斬新できれいな表紙は、その頃の風俗パワーがみなぎっているようです。掲載風俗嬢245GAL'Sというのは、当時としてはかなりのボリュームでした。ススキノ、金津園、大阪、名古屋、雄琴など、今でこそ当たり前の地方風俗情報も、写真データがメールで送れる現在とは違い、収集するのも一苦労だったのです。この年の2月には世にエイズがはじめて知らしめられ、一大騒動となりましたが、風俗あそびへの欲求はそれをも超えていったのです。
大阪のクリニックサロンなるお店。この頃は相互プレイではなく、女のコが男性に性感マッサージで奉仕するパターンも少なくありませんでした。 大阪のピーピングルームの女のコ。女のコの部屋を中心に、ティッシュの置かれた男性客のボックスルームが取り囲み、着替えやオナニー姿を覗いて楽しむシステムでした。
札幌・ススキノ、個室マッサージの女のコ。北海道のコはボディ、ルックス、性格の良さが評判でした。お店のコスチュームが時代を感じさせて泣かせてくれます。 岐阜・金津園は名古屋からも近いソープランドのメッカです。18歳から働けるのは、こことススキノで、多くの風俗ファンが押しかけました。当時、流行のヘアスタイルですね。
東京ではデートサークルが全盛で、若いコの店が8割以上、熟女系は少なかったのです。しかし当時のギャルは女子大生などの素人が多く、スタイルもよく、レベルが高いコがたくさんいました。その中の何パーセントかは、現在も熟女デリヘルで働いているかもしれませんね。
ソープランドのメッカ、当時の吉原のマップです。今も残っている店名もあれば、すでに無くなったり、新しい店として生まれ変わったお店もありで、さすがに時の流れを感じさせます。その頃は入浴料1万円、サービス料2万円の、いわゆるワン・ツーといわれるお店が主流でしたが、中には総額で5、6万円、あるいはそれ以上の超高級店もありました。